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投稿 ◆雑談◆

現実逃避。まだ推敲途中。未完成。まだ修正箇所あり。

感想くれたら欲しい。


序章

 中学一年生、最後の春の昼休み。翔子は窓の外を眺めながら、いかにも退屈そうに大きな伸びをして、振り向きざまに友達のミカに話しかけた。
 「う〜ん。あーあ、中学一年生、最後の授業だって言うのに退屈すぎー。ねぇねぇ、帰ったらまたあのゲームやろうよ!」
 あのゲームとは、今話題のVRゲーム『パズル・フロンティア』。前作の『ブレイクアウト・フロンティア』に続く、最新のグラフィックを採用したVRゲームで、『一度始めたらもうやめられない』と話題になっているゲームだ。
「いいわね、あのゲーム面白いもの」
 ミカも、ガヤガヤ聞こえてくるクラスメイトの姿を眺めながら、その案に賛成する。学校でしか会えないため、もうゲームの約束ができるのは春休みが明けてからになる。最後のチャンスというのもあって、ミカも快く引き受けてくれた。
「やったぁ、決まり決まり! 宿題が終わるの5時ぐらいだからその時間にゲームで集合!」
 翔子は嬉しそうにはしゃぐ。その様子にミカは「相変わらずね」と苦笑した。
「私も、5時ぐらいならゲームできるわ、いつもの広場で集合ね」
「おっけ〜! 約束ね!」

 授業が終わり、帰りのホームルームの最中も、翔子はミカとゲームするのが楽しみで、話が耳に入っていなかった。
 帰りの準備を済まし、下駄箱では混み合うため、教室で、ミカと帰りの挨拶をかわす。
 学校を出て、家が反対方向のミカと別れた後、寄り道せずに帰宅した翔子は真っ先に宿題を始めた。
 宿題は大した量でもなく。ゲームのためなら何でもできる翔子にとっては、ただのスコアアタックに過ぎなかった。
 結果、宿題はあっという間に終わり、翔子は大きく伸びをする。
「ん〜宿題終わった〜、さてゲームゲームっと」
 翔子はガサガサとVRゲームに必須なゴーグルを探す。翔子はだらしのない性格で、すぐにゴーグルが見えなくなってしまうが、ゲームの置き場所など決して忘れはしない。
 しばらくして、服の中に埋もれたゴーグルを見つけ出した。
「と、あったあった。スイッチお〜ん」
 翔子は軽快に電源を入れる。しかし。

 
『ポコンッ!!』

 耳に直接浴びせかけたような、鋭い音がなる。ノイズとともに画面が真っ暗になり、
 『ログアウトがゲーム運営の都合上禁止になりました』
 中央に、いつもは表示されない、警告のようなものが浮かび上がった。
「は……? 何よ、どういうこと!?」
 翔子は、尋常でないその警告を見て、震え上がった。

 それは突然、始まったのだった──


第一章 不可能ゲーの始まり。

 しかし無常にも画面が変わって、いつもの広場が出てくる。普段と変わらない、自然で豊かな、木の温もりのする、温かな広場。いかにもVR的な、青空が広がり、上を見上げれば、止まったままずっと動かない太陽が見える。
 普段なら、ここの雰囲気に和む翔子だが、そんなものに気を取られている暇はない。
 ──ログアウトができない。それは、長期的に見て、『死』につながるからだ。
 ログアウトできないということは、食事ができないということ。さらに、ここは電脳世界のため、常に脳に情報が行く。この世界は常に太陽が登った状態のため、寝ること自体は可能でも、実質的な睡眠とは程遠い。つまり、食事も睡眠も取れないのだ。水分も取れないので、このままログアウトできなければ、3日も持たないだろう。
「そ、そうだ、ミカは!?」
 はっ、と思い出し、瞬時に友の名前を叫ぶ翔子に、即座に声が返ってくる。
「私はここよ、なんだかおかしなことになったわね」
「ミカ! 良かった来てくれてたんだ! っていうかこれどうなってんの!? 私のゲーム史上こんなのなかったんだけど!?」
「落ち着きなさいよ、混乱してるのはわかったけど」
 ミカは、冷静に翔子をなだめる。だが、その表情も困惑していた。運営の都合上とあったのだから、ミカだって自分と同じ境遇だろう。
「でも……! ……わかった……」
 翔子は完全に混乱してしまって、何も出来そうにない。ここは情報を整理するのが得意なミカに任せるのが得策だろう。
「やぁ、お困りのようだね」
 すると、突然、いつの間にいたのか、男の子が話しかけてきた。
「あ、あなたは……?」
 ミカは用心深く尋ねる。年は、これから中学二年生になる自分たちよりも、二、三歳年下だろうか?
「翔子、君はどうして閉じ込められてしまったか知りたいんじゃないかい?」
「ちょっと、私のことはシカト? どういうつもりなのか知らないけどッ、翔子に手出しなんかさせないから!」
(シカト:無視という意味)
 ミカは強気で問いかける。しかし、少年は聞こえていないかのように何も答えなかった。
 そんなNPCに対し、翔子も用心深く尋ねる。
「あなたは一体? なんでミカの話に反応しないの?」
 すると少年は、こんな事を言いだした。
「僕は、君のことしか見えない。君の声しか聞こえない。そういうふうに作られたんだ。僕はアルト。NPCだけど、HPの概念はないよ。きみにヒントをあげる。でも、答えは教えてあげられない。そういうふうに作られているから」
 どうやらこの少年は色々訳アリらしい。翔子はすぐに信じたが、ミカはまだ警戒を解いていない。ミカは険しい表情で、キッと睨みつけながら鋭く問いかける。
「ヒントって何よ、なんのこと?」
 ──無反応。
 翔子が話しかける。
「ヒントって、何のこと?」
 ──反応。
「ヒントって言うのは、この異常を解決してもらうためのヒントだよ」
 どうやら、先程のログアウト不可については運営の仕業、というだけではないようだ。しかし、ミカはまだ信じない。
「だったら、なんかヒントを出しなさいよ」
 再び鋭く問いかける──無反応。
 翔子は優しく問いかける──反応。
「そうだね、まずは、なにか魔物を倒してもらおうかな?」
「え、魔物?? このゲームパズルゲームだよ??」
「そうだね、パズルゲームだ。魔物が出るようになっちゃったんだよ」

 〜Topix〜
 「アルト」
 突然翔子たちの眼の前に現れた謎のNPC、らしき存在。翔子にしか反応できず、他のプレイヤーには話しかけられないとのこと。

     ゲームセット
第二章 ゲーム開始
──パズル・フロンティア。それは、ブロック崩し系の未開の地、開拓を目標とした、パズルゲームである──

〜『パズル・フロンティア』のルール〜
 崖や川沿いなど、一部の箇所はパズルパネルが仕込まれており、そのパズルをクリアするとブロック崩しができます。
 ブロックを崩して連鎖を起こし、雪崩を引き起こしたりしてブロックを手に入れましょう。
 ブロックは、すべての連鎖が終わったあと自動で手持ちに入ります。
(⚠連鎖が終わるまでは近づかないで下さい。巻き込まれてしまい、激痛を伴うおそれがあります)
 手に入れたブロックは自分で好きなように配置、またはクラフトすることができます。
 (クラフト:自分で思い描いたものを作り出すギミック)
 クラフトするには、手に入れたブロックをレシピ通りに配置し、表示されたパズルを解くことで出来ます。
 (⚠レシピ本は、本ゲーム攻略本を参照下さい)
 数多のブロックを、パズルで操作し、理想の世界を作り上げましょう!

〜VRゲームとは〜
 意識をゲーム内の電脳世界に没入させ、まるで、ゲームの中にいるようなアクションを味わえる新感覚のバーチャルゲームのこと。
 もちろん、バーチャル世界で行動しているだけなので、空腹を満たすことはできない、はずだが。
 プレイするには、『ハード』と呼ばれる、VRゴーグル、ヘッドホンなどが必要である。
 なお、このゲームは、外の音が聞こえるように、なっていた。

「魔物って、本当にいるとして、どうやって戦うのよ?」
 ミカは用心深く問う。だが、アルトにその声は届かない。言ってから、「あ」と気がついたが、その時には翔子が話しかけていた。
「魔物と戦うにはどうすればいいの?」
 翔子が問いかける。アルトはようやく反応した。
「ごめんね、答えは教えられないんだ。でもヒントなら教えられるよ。これは何をやるゲームだった?」
 そう聞かれて、翔子は「う〜んと……」と、考え始め。
「あっそうだ、ブロック崩しで開拓するんだったよね! そっかそれを利用して戦うんだね! それにしても、本当に大変だね、不便じゃない?」
 翔子は心配そうにアルトの顔を覗き込む。アルトは軽く笑ってこう言った。
「あははっ、僕はそういうふうに作られているんだ、不便でもなんでもないよ。答えを教えられないのは残念だけどね」
 アルトの表情は、NPCというのもあってか、どこか乾いていた。なのに、どこか、人間味を感じた。
 ミカは不可思議に思いながらも、翔子が特に気にしていないので気にしないことにした。
「ふ〜ん。まぁ、いいや、魔物ってどこにいるのってあぁ、答えは言えないんだっけ……じゃあ、魔物のいる場所のヒント頂戴!」
 次から次へと答えを聞こうとする翔子に対して、アルトは少し苦笑する。
 ……やはり、感情がある気がする。気のせい、なのだろうか。
「そうだなぁ……、まぁ、とりあえず開拓してみたらわかるかもね?」
 そうい言ったあとに、アルトの姿は量子化するように消えた。
「あれ!? アルト!? ……消えちゃったよ……ま、いっか! ミカ、あの子のアドバイス通りに開拓してみよ!」
 ミカもその様子を見てため息をつく。アルトがどこかへ行った理由がわかるからだ。あの様子では、矢継ぎ早に質問されてしまうだろう。
「はぁ……、まぁいいわよ。さすがに閉じ込められたまんまじゃ学校に行けないし」
 渋々ついていくのは、翔子が危なっかしいからであった……。

 一方、夏木家で。
 晩ご飯ができ、麻婆豆腐のいい匂いが漂う中。
「翔子〜? 飯食わねぇのか〜??」
 階下で、賑やかな会話をしている中、翔子がいつまで経っても部屋から降りてこなかった。
 (あいつまだゲームしてるのか? 外の音は聞こえるようになってるし、普段ならとっくに下に降りてきてるはずなんだけどな……?)
 翔子の兄、夏木優太は、不審に思って二階にある妹の部屋へ向かう。
「翔子〜? 飯だぞ〜? ……おい、聞いてんのか?」
 優太は妹の肩を揺さぶる。……反応がない。
 あたりに不穏な空気が漂う。優太は焦って、大声を出した。
「おい、翔子! 聞こえるか!? 翔子!!」
 翔子の様子がおかしい。このゲームは、外の音が聞こえるようになっている。なのに、何の反応もない。
「なぁ! 返事ぐらいしてくれ! 翔子!!」
 脂汗が、こめかみを伝って垂れてくる。春の温かさが嫌に熱く、優太の心臓が、バクバクと音を立てる。自分では何もできないと悟った優太は、まっさきに両親に助けを求めに行った。

  第三章 現実世界への影響

 「と、っ父さん! 翔子の様子が変なんだ!」
 優太は階下に降りると、真っ先に父親を呼んだ。機械に強く、いつも機械いじりのコツを教えてくれていたからだ。父親なら、翔子の異変をどうにかできるかもしれないと思ったのだ。
「どうしたんだ? そんなに焦って……」
 困惑したような父親に、優太はいらだちを覚えながらも、簡潔に事情を説明する。
「だからっ、いつもなら声かけたらすぐにゲーム辞めるのに、反応すらしなくって! お願い父さん! 翔子を!」
 両親はますます困惑した。
(なぜだ? 緊急事態だと言うのに、なぜ焦らない? どうして訝しげな目をして俺を見ている??)
 優太は、予想外すぎる両親の対応に、ますます混乱した。娘が一大事だと言うのに、ここまで危機感がないなど……。
 その後の、両親の口から出た言葉は、それこそ優太を追い詰めた。
「ゲームの中で眠ってるんじゃないか?」
「は……? はぁ!? んなわけ無いだろ?! パズルゲームだぞ!!」
 呑気な両親の様子に腹を立てる優太。それもそのはず。いつもなら、話しかけたらゲームを辞める翔子が、話しかけても反応がなくなるなんて、そんなのおかしい。自分は、かなりの大声を出していたはずだ。仮に寝ていたとしても起きるだろう。
 何度も何度も、これは異常なのだと両親を説得にかかるも、向こうは聞き流すばっかり。
 とうとう、優太の戯言というふうに片付けられ、翔子抜きの晩飯となってしまった。
(こんなのぜってぇありえねぇ……。待ってろよ翔子、必ず兄ちゃんが助けてやるからな……!)
 優太は、明らかにおかしかった両親に、腹を立てつつも、絶対に助け出すという決意を固めるのだった。

 ──翌日。 
 それから、学校に行く時間になっても、翔子はゲームから目覚めなかった。部屋を見に行くと、まだゴーグルを付けたまま、床に座り込んでいる。陽の光が差し込んでいるのに、まったく気づく様子もない。目覚ましのアラームもなりっぱなし。
 いくらなんでもこれは異常と気づくだろうと、優太は両親を呼びに行く。と、
「あら、翔子。昨日夜ご飯食べにこなかったけどお腹すいてない? お弁当多めにしておいたからね」
「え……?」
 なぜか、母親が何もいない空間に向かって、何かを渡す仕草をしていた。
「え、何してるの……?」
「あら、優太。何してるのって、翔子に弁当渡してるんでしょ?」
 両親は当たり前のことのように優太に聞き返した。その光景こそ、何よりも異常であることを示していた。母親の前には、誰も居ない。母親の手には、なにもない。
 優太は、内心焦りながら、顔を青ざめながら、冷や汗を掻きながら、恐る恐る母親に質問する。
「な、何言ってるんだよ? 翔子ならまだ部屋でゲームしてて、俺それを伝えに来たんだぞ……? 大体、そこに翔子はいないし、母さんは何も持ってないよ?? ねぇ何言ってるの?? 母さん?」
 しかし、いくら言葉を重ねても、母親は無反応。何ならこちらの反応を待っている。優太は、なおも恐ろしくなった。なぜ、反応しないのだろう? なぜ、何もない空間に向かって話しかけている? 優太は頭を抱えて混乱してしまった。
「優太? どうかした? 学校遅刻するわよ?」
「え? あ、あぁ、うん。行ってくる……」
 母親に諭され、本当に遅刻しそうだということに気がついた優太は、納得いかない表情で家をでる。
 「何なんだよ……この世界で何が起きてんだよ……?」
 何か、異常が起きているのは間違いない。
 優太は道すがら、翔子をゲームの中から救出するための策を練り続けるのだった。

『ゲーム世界』
「……朝に、なっちゃったね……結局ログアウトできないままだし……」
「そうね……、私たち、一生ここから出られないのかしら……」
 翔子たちはというと、いくら歩いても魔物と遭遇できず、お腹が空いて岩に持たれながら倒れ込んでいた。今いる場所は、活気づいた広場から遠く離れ、ゴツゴツとした岩や、切り立った崖などが目立つ、整地が全くされていないエリアにいた。
 岩も崖も、茶色や赤褐色。景色が殺伐としていて、広場に戻る気力もなかった。広場に行けば、まだ食事ができたかもしれないが、戻る気力もなく、食べたところで、ここはゲームの中。空腹を満たすことは、不可能だ。
 一応、森などで畑を作ったり、川で魚を取ったりなどはできるものの、畑を作るにはある程度のコマンド入力(※プログラムを直接組むこと)に慣れていないといけないし、課金も必要。魚を取るにも、まずは釣り竿をクラフトする必要があるので、材料の樹をブロック崩しするために、パズルを解かなくてはいけない。空腹が満たされないのならば、やる必要のないことだった。
 しばらくウンウンと考えながら座り込んでいると、


ザザザ、ザーザーザー、ザザザ

 ゲーム内の音楽に、突然ノイズが走った。
「え、何!?」
「なんかヤバそう!」
 突然の出来事に、瞬時に立ち上がり警戒する翔子とミカ。
 二人のその言葉をきっかけに、世界の色彩が反転した。
 茶色や赤褐色だった岩や崖が、水色や、緑などの、異質な色味に変色する。吐き気がするような、水色と緑のマーブル模様に、翔子は思わず声を上げる。
「ひ……!? なに、これ……」
 そして、色が反転すると同時に、突如目の前に化け物が湧き始めた。ノイズでできているかのような、実態があるのか疑いたくなる、まさにバグモンスターという表現が正しい。あえて的確に表現するなら、商品のバーコードが何十にも積み重なったような姿、といったところだろう。色味は、わかりやすくするなら黒。
 ──そう、これが、
「魔物……!?」
「じぃぃぃ……が、が、が、ぎぎぎぃぃぎぎぃぎぎ」
 魔物の鳴き声らしいそれは、まるで錆びきった金属の階段を、時間をかけて登っているかのような、耳に痛い音だった。
「うぅ……耳障りな鳴き声ね……」
 翔子もそれに賛同する。
「うん……耳が壊れそう……」
 景色が恐ろしいというのもあり、お互いに声が震える。そして、ノロノロと歩いていたかと思えば、魔物は急に速度を上げて追いかけてきた!
「「キャァァァァッ!!」」
 翔子とミカは、突然の挙動に悲鳴を上げて走り出した。幸い、自分たちに追いつけるほどの速さではないようだ。
 しかし、どこまで言っても、不気味な色彩。緑、水色、走っている内に目眩がしそうだ。早い所、この状態を打破しなくては。
 走っている内に状況を整理できた翔子は、魔物の騒音に耳を抑えつつ、魔物を退治するための策を考え始めた。
 魔物を倒すためには、ブロック崩しを応用する必要がある。
 思い出せ、このゲームにおいて、ブロック崩しで、ダメージを与えられる方法をっ!
(そうだ、たしかこのゲーム、ルールのところにこんなのあったはず。えと、『連鎖が終わるまでは近づくな、巻き込まれて、激痛のおそれがある』ってやつ! そうか、連鎖を起こして、あの魔物を巻き込めばっ!)
 翔子は、これまでの記憶をありったけ引き出した。
 ここまでの道なり。角、崖、岩山。それらからすぐにブロック崩しができるパズルだったものと、雪崩を起こせるほどの地形を探し出す。
 ゲームに関する知識だけ、異常に定着の早い翔子はものの5秒で導き出した。
「あった! こっち、ついてきて!」
「っ! わかったわ!!」
 走りながら翔子は瞑想する。魔物の追ってくるスピードに合わせ、少しずつスピードを落とす。ミカも、それに合わせた。
「ここで右に曲がる……!!」
 曲がった先は、
「行き止まりじゃない! 何考えてるのよ!」
 ミカは焦る、もう魔物はすぐ前だ。しかし、翔子はパズル画面を開いたかと思うとあっという間に解き終わってしまう。
 しかし、もう魔物が爪を伸ばして襲いかかる手前。
「大丈夫、いけぇ!」
 翔子が自信満々で言い放ったその時、ぽんっという可愛らしい音とともに雪崩が発生した。ものすごい轟音を立てながら、魔物を巻き込んでいく。雪崩に巻き込まれた魔物は、機械のノイズのような音で消滅していった。
 雪崩れたブロックは、自動的に翔子の手持ちに入るため、道を塞がれる心配もない。
「ふぅっ、久しぶりに知識を活かせたよ! スッキリ〜」
 翔子は冷や汗を拭うと、魔物がいたところに向かって勝ち誇る。しかし、翔子のセリフを聞いたミカは、いても経ってもいられず話しかけた。
「……ねぇ、久しぶりにって、もしかして今までやったことなかったの!? あなた殺す気!?」
「え〜殺すとかひどいな〜。ミカだってテクニックはあるのに知識だけないじゃん、お互い様でしょ〜?」
 翔子は余裕そうに、しかし、息切れしながらも言い返した。ミカにとって、ここを突かれるのは致命的なのだ。
「ウ゛、それを言われると……」
 そんなこんなで、空腹を忘れて会話を楽しんでいると、どこかへ消えたアルトが姿を表した。
「やぁ、無事に魔物を倒せたんだね。ほらこれ、お腹すいてるでしょ? 友だちがいるって言ってたし、2人分用意しといた」
「あ、アルト! ありがと〜、ちょうどおなかすいてたとこなんだ〜……って、ここゲームの中の世界だよね!? さすがに空腹は満たされないんじゃ……?」
「残念ながら、ここでも、空腹を満たせるようになっちゃったんだ。何なら栄養も取れるしね」
「「はぁ!? いや流石に栄養は取れないでしょ!!」」
 その言葉を聞いて翔子とミカは困惑する。さすがにありえない。満腹感なら再現できるかもしれないが、流石に栄養までは……。
 話半分に聞きながら、二人はサンドイッチを頬張った。ふわっとした食パンの感覚、シャキシャキのレタスとハムの適度な塩加減。絶妙な匙加減のマヨネーズが、二人の空腹を癒やす。二人は暫くの間、夢中でサンドイッチを頬張り続けた。
 しばらくして、持ってきてくれたサンドイッチを完食し、冷静に戻ったミカは、今の爆食いを反省しながらも、慎重に質問した。
「……、どういうことよ? どんな技術使ったらそうなるわけ?」
 とりあえず、持ってきてくれたサンドイッチを食べて、本当にお腹が膨れたので、信用はする。物理的に弱っていたのが、元気にもなれた。本当に栄養が取れるのかもしれない。しかし理解は及ばなかった。

 そして、ミカが話しかけてもアルトは反応しない。
 空気を読んで、慌てて翔子が代わりに質問する。
「あ、えっと、どんな技術を使ったらそうなるの?」
「それは僕にもわからないよ、人間ってすごいよね」
 アルト即答。ヒントすらなし。
「……私だけ質問できないのほんっと不便」
「そういうのは良くないよ」
 耐えられないというようにミカがボソッという。翔子は小さい声で諌める。たしかに不便であろう、ミカが何かを話しかけても、アルトには聞こえないようになっているのだから。
「じゃ、次のヒントを教えるね。現実世界の人と、どうにかして連絡を取るんだ」
 アルトは、そう言い残し、サンドイッチが入っていたバスケットを残して消えていった。
 いつの間にか、世界の色は元通りになっていた。わけも分からず顔を見合わせる二人を、暖かくもない、どこか冷たい偽りの太陽が、ずっと照らし出していた──

『現実世界』(朝)
 その頃。
 優太は、パソコンのディスプレイを凝視し、ものすごい速さでキーボードを叩きながら、妹のいるゲームの中を模索していた。妹が被った状態のゴーグルと、パソコンとを、時間かけて繋いだのだが、
「っち、なんで干渉できないんだよ!?」
 普段なら映し出されるはずの、妹のゲーム内が、全く映し出されなかった。
「そんな、俺、こんなときに……!!」
 無力、あまりにも無力だった。

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第四章 兄の気持ち、妹知らず。

 「ハァ、もうなんでだよ! なんで、こっちから干渉できないんだ!? ゲームに入ろうとしてもなんか跳ね返されるし!」
 ありとあらゆる方法でゲームに“入り込もう”とする優太だが、何をしても跳ね返されてしまう。いっそ、自分がゲームにログインしようとまでしたのだが、ログイン制限がかかっていた。
 うまくいかないことに苛立ちながら、これは完全な異常事態であると把握した優太は、
「待ってろよ翔子、兄ちゃんがぜってぇ助け出してやっからな……!」
 瞳に火を灯しながら、また他の方法で、ゲームに“干渉”しようとするのだった。

 一方、ゲーム内で。
「──ってわけで、あれがこうなって、今度はこっちが連鎖して崩れるの。そしたら今度は──」
 翔子は、広場の方へと戻りながら、現実で苦戦する優太のことなど気にもとめずに、先程、どうしてあそこまで連鎖したのか説明していた。
「へぇ……、翔子って、知識だけはすごいのよねぇ……」
「『だけは』って何よ! 私だって、たまにはやれるんだからね!」
 ミカは、知識だけはある翔子のことを、心の底から感心しながら話を聞いていた。彼女は、腕は良いのだが、知識がそこまでないのだ。翔子は見ての通り目立ちたがり。一緒にいるだけで、勝手にゲームの知識を学べる。
「褒めてるんだけどな、でも翔子って、よくミスってるじゃない」
「ウグ、それを言っちゃだめよぉ……」
 二人は、そんな茶番をしながらも、今後のことを考えていた。
 『現実世界の人と連絡を取れ』
 ……外の声、音、それら一切が聞こえない。無理に決まってる。そんなとき。

ザザザ ザーザーザー ザザザ
 
 歩いていた草原に、ザワァッと怪しげな風が吹き抜け、ゲーム世界の色彩が反転した。緑の反対色。紫。
 ノイズ、世界の色彩反転。魔物襲撃の合図。
 瞬時にそれを察知した二人は、警戒態勢に入る。紫色に変色した、草原の真ん中で背中合わせになる。
「……! まさか、また魔物が出るの!?」
「警戒しよう、どこから出るかわからない!」
 それは、フラグとも言えた。決定的な、ピンチフラグ。

 警戒する暇もなく、周囲から魔物が次々と湧き出す。どれもこれも、耳障りな音を、鳴き声を発している。
「グギィィィィ!! ギァァァァァ!!」
「ジィ! ジィ! ギギ!? ギキキキキ!」
「ガショ! ガショション! ガション!」
「ジィィィィィ、グギィィィィィィィ」
 あまりにも多すぎる魔物の数に圧倒されたミカは思わず声を上げる。
「何体いるのよ!? こんなのどうすれば!」
 たくさんの魔物が押し寄せてきた。数は十体を超える。こんなのどうしようもない……。
「「「「「「「「「ギィィィァァァァァァァァァァ!!」」」」」」」」」
 魔物たちが、怒声を上げて一斉に追いかけ始めてきた。翔子とミカは背中合わせから一転、共に息を合わせて走り出す。
「ねぇ! 翔子!! こいつ等、まとめてやっつけられない?!」
 翔子のゲーム知識に頼るしかないと判断したミカは、瞬時に話しかける。しかし、翔子は心底焦りながら答えを返してきた。
「無理だよ、こんな数! それに、このあたりはあらかた整地されちゃってるからブロック崩しもできない!」
 翔子たちが今いるのは、とても広い草原。地面を崩すこともできるが、連鎖など、洞窟でも生成されていない限り起こり得ない。落とし穴を創る余裕もなく、更に最悪なのが、地面のパズルは基本的に高難易度であること。
「そんな! なんとかならないの!?」
「無理だよっ!! 取り敢えず、広場まで逃げよう! 巻くしかない!」
 絶望的な状況。広場にさえたどり着ければ……!

 そんな時、
「キャアッ!」
「ミカ!? 大丈夫?!」
 何か、段差につまずき、ミカが転んでしまった。
「いたた……ごめん、転んじゃって!」
「いいんだよ! っていうかそれ! 怪我してるじゃん! ん、怪我……? え、なんで……?」
 よくみると、ころんだ衝撃でミカは足首を捻っていた。しかし、ここはゲームの世界。痛み事態は感じるようになっているが、怪我をするはずがない。だってここは電脳世界。意識を没入させているだけ。おかしな状況に、翔子は混乱してしまった。
 それがアダとなる。
「わ、私のことはいいから、先に広場に行って!」
「そんな事できるわけ無いじゃん! 一緒に行くよ! あ、あぁ!? 魔物が!!」
 翔子はミカに駆け寄ろうと近づいた瞬間。
「キャァァァァ!? 痛い!! やめて!!」
 魔物の一体がミカに襲いかかった。魔物が爪らしきもので引っ掻いた跡には赤い線が数本滲んでいた。そして、その傷跡は急激に紫色に変色し、その領域を増やし始めた。
「……!」
 突如、ミカは意識を失ったように膝から崩れ落ちる。そのまま地面に倒れてしまった。
 親友の異常に気づき、魔物のことがスッポ抜けてしまった翔子は、自分の身を顧みずに、ミカに駆け寄る。
「ミカ!? そんな、なんで! ミカ! ミカ!! ねぇ聞こえてる? 返事してよ! ねぇっ!!」
 ミカは何のアクションも起こさない。傷口の、紫の割合が、どんどん増えていく。とうとう腕全体が紫色になり、顔にまで迫るその様子に、翔子はますます焦る。
「そんな、そんな、どうしたらいいの!? ねぇ、助けて! 誰かミカを助けてよ!!」
「「「「「ギキキキキキキキキキキキキィィィィィ!!」」」」」」
 だが、ミカも翔子も、魔物に囲まれている。魔物たちの、機械的な、ノイズの様な鳴き声が、不協和音のように耳に流れ込み、翔子の不安感を煽った。
「ひぃっ! ……あ……や……ごめんなさい、ごめんなさい……」
 魔物に囲まれたことを思い出した翔子は、ただ怯えて、意味もなく謝り続けた。成す術がない。
 そんなとき、
「あぁ……うっざ」
「へ……?」
 突然、誰かが目の前に立ちはだかった。
「だ、れ……?」

第五章 イケメン君と謎の研究所
「だ、れ……?」
 さっそうと現れたその少年は、手に持っていた剣をサッと振り、あたりにいた魔物を一掃した。

 世界の色は、元通りになった。

「おい、お前」
「ひゃ、ひゃい!!」
 振り返った彼の顔は、とてつもなくイケメンだった。整った目鼻、アーモンド型の瞳。翔子はつい顔を赤らめて舌を噛んでしまった。無理はない。こんなイケメンに顔を寄せられたのだから。
 一気に顔を近づけられ、嫌でも心臓がバクバクと鳴り響く。
 彼が放った言葉は、それこそ期待外れだった。
「そこに倒れてるやつ。早くしないと手遅れになんぞ」
「へ? えぇー!? そ、そんな、あ、あの、一体どうすればいいんですか?!」
「うわ、うっぜぇ……」
 彼は、そっぽ向いてとても嫌そうな顔をして言い放った。が、それは翔子には聞こえなかった。
 ミカが、このままだと助からない。そんなことを言われたら、何かを知ってそうで、ものすごいイケメン。こんな機会、もう訪れないかもしれない。彼を、逃すわけにはいかない。翔子は彼に必死で泣きつく。
「おねがいします……、ひっく……グスッ。ミカを……、助けて下さい……」
 その反応が、
「うっぜぇ……」
 は? 泣いてる女の子に対してその反応って別の方向から泣かれるよ?
 翔子は、心のなかだけでピキッと苛つくが、そんな事を言っている場合でもない。手遅れになる前に、何かを知ってるこの人に助けてもらわなければ。自分では、もうどうしようもない。
(眼力で落とすっ!)
 卑怯極まりない策を取ってでも、翔子はミカを助けたくてしょうがなかった。
 やがて根負けしたのか、彼は大きくため息をついて言った。
「はぁ……、わかったよ、俺の負け。ほら、これ傷口にかけとけ。『侵攻』が遅くなるから」
 そう言って、彼はポーションのようなものを翔子に手渡した。翔子は、すぐに中の液体をミカの傷口にかけた。
「ありがとうございますっ! ……とっ、これでいいんですよね……?」
「あぁ、それで、『侵攻』は収まるはずだ」
 彼はぶっきらぼうに言った。目も合わせず、淡々と告げる。しかし、それだけで理解などできるわけがない。翔子は質問を返した。
「進行は収まるって、治ったりはしないってことですか……? ミカはこのままだとどうなるんですか……!?」
 それを聞かれた彼は、しばらくだんまりを続けた。やがて、言いにくそうに答えを告げる。
「……さっきのあれ。魔物になる」
「え……!?」
 告げられた一言に、翔子は絶句した。
 『魔物になる』。ではまさか、自分が倒した魔物も、元は人間……!?
 ……確認せずにはいられない。でも、もしそうだったとしたら、自分はなんてことをした。
 恐る恐る口を開く。本来ゲーム内では流れないはずの冷や汗が、現実でドッと溢れ、こめかみを伝って落ちていく。
「……ああ、あ、あの、じゃあ、もしかして、さっき倒してくれたのって、まさか……」
 その後に続く言葉は、どうしても口に出す勇気が出なかった。しかし、彼は、つらそうに現実を突きつけてくる。
「……あぁ、そのとおりさ。元は人間。でも、魔物になっちまったやつは、もうもとには戻れないことが分かっている」
「へ!? そんな! なんで!!」
「なんでって、知らねえよ……んなことより、その子、完治させたいんだろ? ついてこいよ、でっけぇ機械使わねぇと直せねぇんだよ」
 彼は、面倒くさそうに頭を掻きながら、ようやく翔子に目を向けた。
「あ……。……はい。わかり、ました」
 あまりにも覚めた態度に、ショックを受けながらも、まずはミカを救うことが先決だと、無理やり自分を納得させた。
 ミカはまだ意識が戻らない。仕方がないので、駆けつけてくれた彼がおぶってくれることになってしまった。

 そうして、どれほど歩いたか。
 翔子は今、崖と崖の間の谷に創設された、巨大な研究所の前にいた。
「ふわぁ、何、これ……!」
 さすがの翔子も、圧倒せざるをえなかった。
 パズル・フロンティアは、ブロック崩しで得たブロックで、自由に建設することができる。それで、理想の住居を創る人々もいるが、ここまでの規模はみたことがない。
 40メートルはあるだろうか? わかりやすくするならビル14階ほど。
 上を見上げて圧倒される翔子をよそに、颯真は顔認証らしきものに顔を近づけていた。よほどのプログラマー、あるいはコマンド使いが居るのだろう。普通は、顔認証など玄人だって真似できない。
『ピピピー、キョウノアイコトバハ?』
「びうよいす」
『ツー、ザザッザザッ──おいおい、今日は木曜だから、「びうよくも」だぜ? ゲーム入りっぱで日付の感覚狂ったか? まぁいい。その顔、颯真でいいよな? はいっていいぜー』

       ガシャン

「おい、開けたぞ。さっさと中入れ」
「え? あ、えぇ!? なにこれってあ、はい。すみません入りまーす……」
 ずっと上を見上げていた翔子は眼の前の事象に気づかず、ガシャンと上がった扉をみてびっくりしかけ、彼──、颯真の冷たい視線に射られて大人しくなるのだった。

第六章 研究所で治療

 翔子は、恐る恐るシャッターをくぐると、中の様子にも圧倒された。
「ふわぁ……、すご……」
 純白の壁、よくわからないたくさんのスイッチ、用途不明のキーボード、謎の培養ポッド、まさに、研究所というのが身にしみて分かる。このゲームに、こんな要素はなかったはずだ。ということは、コマンド使いがプログラムをくんで作り上げたのだろう。
 しばらく歩いたところで、颯真と呼ばれていた彼が、キーボードを操作し、培養ポッドの位置を、蓋に手が届くところまで下げ、中にミカの体を入れた。そのままキーボードで何かを打ち込み、元の高さに戻すと中にオレンジ色の液体を注ぎ込む。
「えっと、その液体は?」
「……治療液」
 彼はそっけなく答える。まぁ、見れば分かるだろ、とでも言いたいのだろう。
 液体に満たされたミカの腕は、みるみる元の色に戻っていく。
「……、これって、どれぐらいかかるの?」
「10分ぐらいだ。適当にソファにでも座ってろ」
 相変わらずそっけない態度で、傍にあったソファに誘導された。仕方なく座った翔子だが、あまりのフカフカ具合に、つい顔がにやけてしまったのは内緒の話。

「10分か……、なにかクラフトでもしようかな……? 初めて魔物倒したときの崖素材残ってるし、これで剣とか斧とか作れないかな?」
 翔子は、何もしないのが退屈で、初めて『クラフト』パネルを開いた。ブロック崩しで、楽しくパズルだけをやっていた翔子にとって、クラフトは必要のないものだったのだ。翔子は、理想の建築がしたいのではなく、パズルがしたいだけだったからだ。
 しかし、此処に来て、クラフトの大切さが身にしみて分かった。武器がなければ、魔物から身を守れない。まずは、インベントリ画面を表示させ、《クラフト》というボタンをタップする。続いて、持っている素材を吟味し、以前手に入れた崖素材を取り出した後、剣っぽい配置に並べる。パズル画面が出てこない。レシピにない配置ということだ。
 知識だけはあっても、不器用な翔子は、5分経っても7分経ってもパズル画面が出てこず、9分経ってようやくパズル画面が出現した。これは、ピクセルパズルか。得意分野のパズルだったので、20秒とかからず解き終わってしまった。
 そうして、やっと斧ができた。……剣を作ろうとしたはずなのだが。
「や、やっとできたぁ〜……って、なんで斧? 攻略本、高いから買えてないんだよねぇ……。ってあぁ!? あと1分でミカ治るじゃん! ……私ってば物一つ作るのに9分もかかるなんて……取り敢えずミカのところにいかなくちゃ!」

第七章 このゲームの生存者

「よいしょっと……。ミカっ!」
 翔子は、ソファから立ち上がり、ミカのもとへ向かうと、紫色になっていたミカの腕は、すっかり元通りになっていた。
「ミカ……、良かった……」
 あと少しで、ミカは完全に治る。残り一分なので、立ったまま待機することにした。
「ん……、そんなにお友達が心配か?」
「ふえっ!? いつの間に!」
 気がつくと、翔子の後ろに、金髪の活発そうな男の子が立っていた。整った顔立ちの、見た目はいかにもプログラマーというような。
「あっはは! 最初っからここにいたんだけどなー、颯真から話は聞いてるよ。お友達が、魔物に傷をつけられちゃったんだってね」
「あ、はい。えっと、あなたは……?」
「ん、俺? 俺は、悟志! 向井悟志だ。君は?」
 どこまでも陽キャな彼の雰囲気に、緊張が抜けた翔子は、気づかぬ内に自然体で話せるようになった。
「えっと、私は夏木翔子って言います。悟志さんは、プログラマーですか?」
「そうだよー! この培養ポッドを作ったのも俺。……そうだ、君たちってさ、何年前からここにいるの?」
「え……?」
 悟志と名乗る人物が、いきなり奇怪なことを訪ねてきた。何年前? 昨日か、一昨日かの間違いではないのか?
 翔子も翔子で日付の感覚が狂ってしまっていたのではっきりとはわからないが、それでも、何年というような単位にはならないはずだ。
 翔子は、わけがわからないので思い切って質問した。
「えっと、ログアウトできなくなったのって、つい最近、ですよね……?」
「……なるほど。取り敢えず、お友達が治ってから話そうか。……おーい、颯真ー? もう引き上げていいよー」
 悟志は颯真に大声で話しかける。
「うるっせ、バカ。今やるよ」
「またバカバカ言うー、そういうの良くないぜー」
「うっせーんだよ、ほら、そこ邪魔」
「ほいほ〜い」
 そんな茶番をしながら、颯真は丁寧にキーボードを操作して、まずはオレンジの液体を引っ込めて、位置を動かしてミカを取り出せるようにした。
「……ん、しっかり治ってんな。しばらく寝かしておけばそのうち目が覚める」
「あ、ありがとうございます!」
「……気にすんな。これ以上魔物が増えても困るしな」
 彼、颯真は静かにそう言うと、またどこかへ去っていってしまった。
「あ……」
「気にすんなって、ああいうやつだから」
 悟志は、ぽんっ、と翔子の肩を叩く。ミカの体を軽々持ち上げ、先程まで翔子が座っていたソファに寝かせた。
 翔子は、目を瞑ったままピクリとも動かないミカを、心配そうに眺めながら、先ほどの会話について質問した。
「……、えっと、さっきの話、何だったんですか? えっと、何年前からいるのーっていう」
 悟志は「あぁ……あれな……」と、語り始めた。

「実はな、このゲームは、少なくとも今から5,6年前に発売されたものなんだ」
「え!? それはないですよ。だってこのゲームは今年発売の……」
「違うんだ。名前を変えて、紹介の仕方を変えて、ありとあらゆる方法で同じゲームとわからなくさせているだけで、随分前からこのゲームはあったんだ」
「そんな……」
「このゲームは、定期的にログアウトをできなくしている。目的はわからないが、魔物に襲われると、襲われた人が魔物になって、他の魔物と同様にプレイヤーを襲うようになる。襲われたプレイヤーもまた魔物に、の繰り返し」
 悟志は声のトーンを落とし、悲しげな様子を見せながら続けた。
「多分、魔物になってしまった人は自我を奪われているから、現実でどうなってるか分かったものじゃない」
「……」
 あまりに重い話に、翔子はだんだん口を開けなくなっていく。
「俺達は、5,6年前に発売されたゲーム、『ブレイクアウト・フロンティア』っていうのを遊んでた。でも、ある日突然、『ゲーム運営の都合上、ログアウトが禁止されました』ってのが出てきて、はぁ? ってなって。友達みんなで情報を集めた結果、」
「結果……?」
 突然話が切れたのが気になって、翔子は話の続きを促した。すると、衝撃の事実が明かされた。
「……魔物が出現するときだけ、ノイズが聞こえるだろ? 『ザザザ、ザーザーザー、ザザザ』って。あれさ、SOSのモールス信号なんだよ。『助けて』って、きっと、最後の最期で意識を振り絞って伝えてくれてたんだと思う。でも、色んな方法を試してみたけど、できるのは、魔物から攻撃を受けた人の治療だけ」
「そ、そんな、でも、まだ試してない方法があるかもしれないじゃないですか!」
 翔子は、暗い顔で落ち込む悟志を励まそうとした。しかし、彼は首を振って否定する。
「ダメなんだ。まずそもそも、『干渉』することができない。プログラムを組めない。あの見た目通り、まさに『バグ』なんだ」
「そんなことって……」
 打ちひしがれる彼を見て、言葉を失う翔子。しかし、そんなことには気にもとめず彼は話を続ける。
「ログアウト不可になったあと、毎日ログアウトできないかやってるけど、新しい人が出入りしてる時さえ解除されなかった。誰も、異変に気づいてくれない、誰も助けてくれない。……ここで、暮らし続けるしかないのさ」
「えぇ? そ、そんな。一生出られないってこと?? そんなの嫌だよ! 今からでも探そう! なにか方法はあるはずよ!」
「無理だって。俺達は、ここで5年間も暮らしてるんだ。その間、一切助けが来なかったんだぞ?」
 完全に諦めきっている彼に対して、翔子は怒りに近い感情を抱いた。なぜ、諦めてしまうのか。何年も助けが来なかったとして、どうして生きることを諦められる。この世界では、何故か食事が取れる。この世界では、何故か栄養が取れる。確かに、5年間生き続けることも、可能なのかもしれない。
 でも、そんなの、楽しくない。そんな人生で、終わっていいのか?
 頭の中で、いろんなことがゴチャゴチャに混ざって、うまく言葉にできない。
 でも、これだけは言えた。
「……あなたは、それでもいいの?」
 返ってきた答えは、
「……それ以外に選択肢がないんだよ。今言ったろ? 何もかも、無駄だったのさ」
「……、無駄だなんて言わないでよ。悟志さんや、颯真さんのおかげで、ミカが助かったんだから。私は諦めない。絶対」
「……そうか。頑張れよ」
 思った以上に冷めきった空気の中、一つ、場違いな声が。
「……ん、う? あれ、私、魔物に襲われて……」
 ミカが、目を覚ましたのだ。翔子は心の底からホッとしながら話しかけた。

「ミカ! 良かった、目が覚めたんだね!」
「……翔子? ってうわ、顔近い近い! 私、えっと、ここはどこ?」
 翔子がかなり顔を近づけていたことに突っ込みながらも、ミカは、状況が把握できず困惑する。しかし、翔子は心の底から安堵の表情を浮かべている。おそらく、相当心配していたがゆえに顔が近くなっていたのだろう。
 ミカが「ここは?」と質問すると、カラカラ笑いながらはぐらかされた。
「あー私もよくわかんない! とにかく目が覚めてよかったよ! ほらっ、早く広場に行こっ!」
 理解が追いつかないミカは、強引に翔子から手を引っ張られ、されるがままに研究所から連れ出されるのだった。

 研究所を出た翔子は、拳を握りしめ、一人心のなかで決意する。
(……絶対に諦めない、きっと、きっとこのゲームから生還してみせる!)
 沈むことを知らない、冷ややかな太陽に向かって。 
UVSにようこそ。ここでは自由に質問や回答をしたり、雑談することができます!
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