これは──心を失った少女にまつわる 数多のデスゲームを描いた物語──
〜年明けのニューイヤーゲーム編〜
序章
時は令和十二年の年明け前。ある会場では、
『死へのカウントダウン』が進んでいた………。
東京 渋谷にある大型ショッピングモールの敷地内で、屋内外を使った大規模な大晦日の年明けイベントが開催されていた。会場はものすごく賑わっている。売店なども立ち並び、屋外に設置されたカウントダウンのモニターは赤く、きれいに輝いていた。
生憎の天気で雨に濡れたイベントスペースは水たまりを作り、外と屋内を行き来する参加者たちは、屋内の床をキュッキュと音を立てるがそれでも賑わっていた。
「お集まりの皆様!今年も残るところあと数分。年が明けましたら私わたくし共が考えた『ゲーム』で忘れられない始まりを迎えましょう!!」
名付けてニューイヤーゲームです! …と話しているのは、狼の着ぐるみを被った人間。
ではなくて、本物のニホンオオカミだった。だが、会場の誰もその事実に気が付かない。いや、ごく一部の人間は知っているが、言ったところで信用されるはずがない。
他の参加者たちは「すっげぇリアル!」「中の人大変そう…」など呑気なことを言っているが、それも仕方がないだろう。そもそも動物が喋るという概念がない。しかし、正体を知っている一部の人間はもどかしくてたまらない。なんせ、今から行われようとしているゲームは『デスゲーム』であるということを知っているのだから……。
そんな中、会場から逃げ出そうとする人影が2つ。
「くそっ、ゲートが閉まってやがるっ!あんのクッソ狼ぃぃ……」
「うっ…すん……」
一人は保護者らしきさっぱりとしたオレンジ髪の青年。もう一人はただ泣き続ける青いコートを羽織った12歳程度の少女。履いているズボンはダメージジーンズなのかどうかわからないほど破けており、血液と思しきものが付着していた。紫色の髪の毛はところどころザクっと切られたようなストレートロングだった。
彼らもまた 例のデスゲームに巻き込まれた経験のある数少ない優勝者だ。
青年はくたびれたシャツを整えながら、どうするかを試行錯誤する。
少女は目を赤くして、小さな嗚咽をひっそりと繰り返していた。青年の服の端をぎゅっと掴んで離さない。引っ張られるのに気づいた青年は、優しげな顔で少女の頭を撫でた。
その手のぬくもりを感じ取り、少女はひっしと青年に抱きついた。
__少女の名前は紅月 雅べにづき みやび。早い話が この物語の主人公である。
第二章 まずは見せしめから
蘭はクソッと言いながらゲートのそばを離れる。このままではまたあのゲームに参加させられることになる。もはやそれはどうしようもないのだと、狼がカウントダウンを始める。
10 9 8 7 6……
会場にいる何も知らない参加者たちはワクワクした様子で雨によってなお煌々と輝くモニターの表示を見ている。どんなゲームが始まるんだろうと。
会場にいる、何もかもを知っている者達は口々に言う。「最悪だ」と。
数字が減っていく。どうしようもない諦めと、これから起こるゲームへの絶望。………、カウントなどできもしない。
喉をゴクリと鳴らす。恐ろしくてたまらない。
ゲームを楽しみにしている者たちとの空気のズレは、なんとも形容しがたいものだった。カウントが進むにつれて、ざわめきは静まっていく。反比例してカウントをする声は大きくなる。
3!
知っている者たちの顔面が恐怖に染まる。手を合わせ、祈りを捧げる。
2!
知らぬ者たちの顔面が高揚感に染まる。今か今かとスマホを携え──。
1!
オオカミが、不気味な笑みを浮かべる。
0!
────その一瞬、静寂が、会場を支配した。
オオカミは、いかにも楽しそうに、高々に言い放った。
「ハッピーニューイヤー!は〜い、それではこれよりデスゲームを開催したいと思います〜!ルール説明はじめま〜」
オオカミが言いかけると、どこかから罵声が飛んできた。
「おい!ちょっとまってくれよ、デスゲームってなんだよ!!せっかくの年明けなのにふざけんなよ!!!」
オオカミはふざけた口調で言い返す。
「おやおや〜?私わたくし、言いましたよね?『忘れられない年明けを迎えましょう』と。忘れられないでしょう??デスゲームなんてやったら」
異議申し立てをした参加者は顔を真赤にし、怒りに身を任せてステージに乗り上がった。それもそうだ。こんなふざけたやつには、拳一発でもぶちこまなければ気がすまないだろう。彼は渾身の一撃をオオカミに食らわせ──
「ふ ざ け る なぁぁぁぁぁ!!!」
パリィィィィィ……ン
その拳が、狼にあたった途端砕け散った。
「ぇ…?何、何が起こったの……?」
「き、きえた…?何が起こったんだ……?」
参加者たちは動揺する。しかし、狼はお構いもなくルール説明を始めるのだった……。
ザーザー、と、静かに雨は降りしきっていた──。
第三章 ルール説明と役職について
狼のルール説明によるとこうだ。
・狼に触れられると、人知を超えたなにかによってガラスが割れるような音と共に消えてしまう。
・制限時間は十時間。
・制限時間まで生き残り続ければ優勝となる。
・脱落=死 ゲームが終わろうが、還ってくることはない。
・役職については、スマホに入れられたアプリから確認ができる。
・役職には固有のスキルがついてるものがあり、回数制限がついていなければ何回でも使用可能。また、常時発動しているものは解除不可となる。
・『イベント』というものが行われているときは狼は行動しない。
といったところだ。
説明し終えたところで狼は陽気に声を上げる。どこかふざけた、こちらを見下すような目で。
「はいっ! なんか質問ある人いる〜?」
すると、真っ暗な会場の中で、可愛らしいワンピースを濡らしながら、ある女性が手を挙げた。陽気で、無害そうな彼女は、次の瞬間、こんな恐ろしいことを質問する。
「はい! 参加者同士で殺し合いはできますか?」
すると、オオカミはなんだか嬉しそうに答える。まぁ、そうだろう。ニンゲンを殺すことが大まかな目的なのだから。
「もちろん可能ですっ! これを機に、憎いやつをバンバン殺しちゃってください!!」
質問によりスポットライトが当てられたその女性は、見るものをハッとさせるような美貌の持ち主だった。濡れたワンピースが淡く光り、ポツッと雫を落とす。アイドルでもやっていそうな可愛らしさがあった。
だが、内容があまりにも恐ろしい。そのやり取りを見ていた他の参加者たちというと、傘を手にヒソヒソと小声で感想を言い合う。
「うっわぁ、あの人めっちゃやばいこと聞いてる……」
「マジカヨ、こえぇぇぇ……」
質問をした女性はかわいい顔で、あざとい仕草を交えながら、ナイフのような鋭い気配を振りまく。参加者たちは無害そうな彼女を本気でやばいと感じ、その顔を写真で撮り、耳を澄まし、距離を取る。これから行われるゲームで、絶対に出会わないよう対策を練るのだった。
彼女はこれまで何度もこのゲームに参加している、いわゆる常連だ。細かいルールは毎回違うのでこうして質問をしている。
ただし、これは自分の身を守るためでは決してない。
彼女は、これまでいくつものゲームでさんざん人を殺してきた、
___害悪と呼ばれる存在だからだ___
彼女の正体を知るものは、かつてゲームに参加し、生き残った者たちのみ────。
第四章 害悪
害悪とは、本来助け合うような場面なのに、相手の邪魔をしたり殺し合ったりするはた迷惑な奴らのことをいう。
あるいは──
「参加者いないかな〜」
ある近未来的な、それでいてどこか寂しげに光る街頭を背に、高校生ぐらいの女性が歩いていた。
彼女の役職は『人狼』。人狼とは同じ役職以外の参加者を皆殺しにするとゲームを終了させることができ、残った人狼全員が優勝するという役職。そのため、彼女はさっさとゲームを終わらせるがために、人間を探して歩いている。その目は、はっきり言って死んだ魚の目のようだった。
LED式の街頭は雨の中ぼんやりと輝き、それに照らさせた雨粒は、どこか儚げに揺らめいていた。それに照らされたものは、雨粒だけではないのだが。
人影がぼんやりと映し出された。…………早速獲物を見つけた。と、彼女は猫のように素早く斬りかかる。
「……いたいた。グサッとね」
女性はいきなり手を伸ばし喉を突き刺した。刺された男はあふれる血に動揺していた。痛みすら感じないのか顔面蒼白で膝から崩れ落ちた。『ヒュゥッ』ときれいな喉笛が静かに鳴り響いた。降りしきる雨に、赤黒い血の色が混ざる。
その手に持っている鋏は、鈍くどんよりとした光を放っていた。
「これでようやく一人か〜、先が長いな〜」
無意識に鋏についた血を払う。彼女は、心底ダルそうに雨と混じり合ったその『水たまり』をびしゃっと踏みつけた。
「・・・人狼だ。間違いない。殺るぞ」
──人狼が、悪役ならば。
「いくぞ!!人狼を逃がすな!!」
かならず──。
「まずっ!『狩人』!?」
──狩る者がいるのだ。
『狩人』。人狼の役職を持つものをすべて殺し尽くすことでゲームを終了でき残った参加者全員が優勝となる。
客観的に見れば、狩人の方を応援したくなるだろう。だが
人を殺している事実に変わりはない───
ところで、雨は静かに降りしきっていた。もうじき切れそうな街頭は、なおもぼんやりと、『被害者』を照らし出していた。
第五章 ゲームの危険性
ゲーム開始から三分ほどがたったあと……
「はぁ……デスゲームなんて、誰が考えたのよ……」
湿った店内を歩き詰めながらかすかな血の匂いを嗅ぎ取って、ため息をつく少女が一人。
彼女の名前は夜里 美空よざと みく。中学二年生。彼女は小説を読むのが趣味で、デスゲームを題材としたものも読んだことがあるが、まさかほんとに実在しているなんて……。
「はぁ・・・」
彼女はもう一度ため息をつくと、目の前にあるものを凝視した。
「ぇ……………?」
目の前にあったのは、
───血まみれの日本刀───
「え、は?待って待ってちょっと待って何?何これ?血?血だよねこれ!?え、ぇ、ど、どどどうしよう、ひ、拾う??待って待ってどうし──」
あまりの衝撃に美空は混乱する。
拾う、という選択肢が出てきたのは最悪のときに自分の身を守れるかもしれない、と踏んだからだ。だが、こんな血まみれの刀など持ちたくもない。しかし、どうしても血なまぐさい。
「え〜と。ま、まずは落ち着こう。深呼吸深呼吸……ぅ゙っ」
深呼吸しようとして、失敗した。それもそうだろう。血の匂いを嗅いでいるのだから。思わず顔をしかめる。むせ返るような血の香りについ吐きそうになりながらも必死で頭を回す。
「うぅ……まずった……。まぁ、いいや。気持ちの整理ついたし。えと、まずはこの血を拭こうかな、うん。こんなことになるなら武器は必要だし、血が付いてるのは嫌だし、ダイジョブダイジョブ、私がやったわけじゃないし」
……と美空は無理やり自分を正当化し、震える手を抑えながら持ってきていたハンカチで刀身についている血を拭う。もちろん使ったハンカチはその場に捨てる。気持ち悪い。
いつか誰かが通りがかったときに、なにか勘違いされるかもしれないが気にしない。
「……よし、ある程度拭えたかな……。あぁ、デスゲームってこっわ」
そうして、身を震わせながらしばらく歩いていると、思わず足を止めてしまった。なぜなら──
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
どこか遠くで、まだ幼い、子どもの悲鳴が響いていたからだった……。
とりあえず第五章まで。 全部で、13章あります。
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